ポラロイドの魅力は、なんといってもよい意味で期待を裏切ってくれる発色の魔法。愛機ポラロイドSX-70に600フィルムを入れて撮っていると、ときどき、思いがけないほどに美しい緑に出会うことがあります。
小雨降る、7月の午後。場所はブラフ18番館。籐椅子に腰掛けて、さっき撮ったポラロイド写真を手にとって、ぼんやり眺めて過ごすひととき。
緑、緑、緑。
こんなときは決まって口をついて出てくる詩のフレーズがあります。
Verde que te quiero verde.
Verde viento. Verdes ramas.
...
緑、緑、私の愛する緑。
緑の風。緑の枝。
小船は海に 馬は山に。
腰の辺りに影を落とし
彼女は手すりにもたれて夢を見る。
そのむかし「外国語学部」なんていう道楽色たっぷりな場所に籍をおいて、スペイン語漬けな日々をゆるゆると過ごしていた私。あのころは、ガルシア・ロルカ(※)の詩なんて大嫌いだった。
※20世紀初頭のスペインの詩人。
「ロルカの詩、最高だよね」
「うん、彼は天才だね」
なんて語り合ってるクラスメートたちを心の奥底でバカにしていました。ロルカなんて、どこがいいんだ、フラメンコとジプシーのスペインじゃないか。こんなもの、こんなもの・・・
それが、どうしたことだろう。今も口をついて出てくる、このリズミカルで心地よいフレーズ。19歳だった私の脳の片隅にに書き込まれて、片時も忘れた事など無かったのだ。
Verde que te quiero verde.
べるで けてきえろ べるで
ガルシア・ロルカの作品、ROMANCE SONÁMBULO(夢遊病者の歌)の冒頭です。
verde
とはスペイン語で緑の意味。ああ、ひとりつぶやいてみれば、胸をかきみだすほどに美しい緑をかんずる。
Verde viento. Verdes ramas.
べるでびえんと べるですらます
・・・軽いめまいをおぼえる。緑の風。緑の枝。その美しいイメージをつきつけられて、全身の力が抜けてしまう心地がする。私は今この場所にうずくまって、大声をあげて泣きたくなる。
Verde que te quiero verde.
Verde viento. Verdes ramas.
さて、緑と言えば、19世紀の詩人ベッケルの散文「緑の瞳」もまた、格別に美しい。エメラルドの輝きを見るたびに、緑の瞳を想像する。ああ、なにもかもが緑。心に散らかった緑。
緑、緑、緑・・・
そしていまは素直な気持ちで、ロルカの詩を味わっている。この心地よいリズムに身をゆだねている。ロルカの詩は、とてもいい。
何故だろう、若い頃に必死に否定していたものが、いまは全ていとおしい。
必死にもがいていたあの頃の自分は、いったい何だったのだろう。
そして、いまはとっても素直な気持ちで、イエス・キリストを信じていたりするのです。
(学生時代の友人たちは、おどろくだろうネ)
世界中の若者たちに、主の恵みが豊かにありますように。
2006年7月 初夏のブラフ18番館にて
Nódoka